2022年8月26日、フランスの高級ブランド、エルメス(Hermès)が米国特許商標庁(USPTO)に、NFTや暗号資産、仮想空間での販売まで対象に含めた商標を出願しました。米国の商標弁護士マイク・コンドウディス氏が8月31日にX(当時のTwitter)で伝え、「エルメスがメタバースに進出へ」と世界中で報じられました。
ただ、商標の出願は「新しい事業を始めます」という発表とは違います。この記事では、出願の中身、同じ時期に争われていたNFT「MetaBirkins」をめぐる訴訟、高級ブランドのNFTがその後どうなったかを整理し、2026年9月時点で分かっていることと分からないことを分けて説明します。
出願の中身:3つの商標と「使用意図」出願
米国の法律系メディアThe Fashion Lawによると、エルメスが出願したのは「HERMÈS」「BIRKIN」「KELLY」の3つの商標です。いずれも米国の「intent-to-use(使用意図)」出願で、まだ使っていない商標を、将来使う予定のものとして先に押さえておく手続きです。
- HERMÈS:第9類(ソフトウェアなど)、第35類(小売・広告)、第36類(金融)、第41類(娯楽・イベント)、第42類(技術サービス)。第42類にはブロックチェーンを使った真贋の認証やデジタル証明書が含まれます。
- BIRKINとKELLY:第9類、第35類、第41類。
指定された内容には、仮想の商品や暗号資産、NFTを閲覧・保管・管理するためのダウンロード型ソフトウェア、仮想商品を扱う小売店やマーケットプレイス、仮想現実や拡張現実の空間で開くファッションショーなどが並んでいました。
旧版の記事はこれを「展開する予定です」と書いていましたが、出願書類から読み取れるのは「そうした事業に使う可能性のある商標を確保した」というところまでです。出願番号と2026年時点の審査の進み具合は、今回の取材では確認できませんでした。
背景:MetaBirkins訴訟と「先に押さえる」理由
エルメスが出願に動いた背景には、看板商品のバーキンを模したNFTの存在がありました。アーティストのメイソン・ロスチャイルド氏が、毛皮で覆われたバーキン風のバッグを描いたNFT「MetaBirkins」を販売していたのです。エルメスは2022年1月14日、ニューヨーク南部地区連邦地裁に商標権の侵害などを理由に提訴しました。
2023年2月8日、陪審はエルメス側の主張を認め、13万3,000ドルの損害賠償を命じる評決を出しました。同年6月23日にはジェド・ラコフ判事が恒久的差止命令を出し、ドメイン「metabirkins.com」の引き渡しも命じています。ロスチャイルド氏は控訴し、第2巡回区控訴裁判所で2024年10月23日に口頭弁論が開かれました。控訴審の判断が出たかどうかは、2026年9月時点で確認できませんでした。
この訴訟は「NFTは芸術表現か、それとも商品か」という論点で注目されました。ブランドの側から見ると、仮想空間の商品について自社で商標を持っていれば、便乗品や模倣品に対して権利を主張しやすくなります。2022年前後には、化粧品・香水の分野でも同じような出願が相次ぎました(イヴ・サンローラン・パルファムのNFT商標出願)。
当時、ブランドのNFTはどれほど売れていたか
旧版の記事は、データ分析サイトDune Analyticsの集計として「Nike、Gucci、Dolce & Gabbana、Adidas、Tiffanyが260万ドル相当の利益を得た」と書いていました。2022年8月23日のCointelegraphの記事で確認すると、元の数字は合計約2億6,000万ドル(約2.6億ドル)のNFT販売収入で、「260万ドル」は桁の誤りです。また、これは販売による収入であり、利益ではありません。
| ブランド | NFT販売収入(Duneの集計) |
|---|---|
| ナイキ | 約1億8,530万ドル |
| ドルチェ&ガッバーナ | 約2,560万ドル |
| ティファニー | 約1,260万ドル |
| グッチ | 約1,160万ドル |
| アディダス | 約1,090万ドル |
合計の7割以上をナイキが占めており、「高級ブランドならNFTが売れる」というより、一部のブランドに売上が集中していたことが分かります。
メタバース上のファッションイベントとしては、仮想空間Decentralandで2022年3月24〜27日に「Metaverse Fashion Week」が開かれ、CoinDeskによると約70のブランドが参加しました。エスティ ローダー、トミー ヒルフィガー、ドルチェ&ガッバーナなどが名を連ねています。旧版が挙げていたエトロとエリー サーブの参加は、今回参照した報道では確認できませんでした。同イベントは2023年3月にも開かれた後、2024年は開催を見送り、2025年4月に再開しています。
2026年時点:エルメスは動いたのか
2026年9月時点で、エルメスがNFTやメタバースの商品・サービスを正式に始めたという公式発表は、今回の調査では見つかりませんでした。出願から4年がたっても、表立った動きは確認できていない状況です。
同社の姿勢を示す発言としては、2022年4月の株主総会でアクセル・デュマ会長が、メタバースについて「関心はあるが、優先事項ではない」という趣旨を述べ、急いで参入するより様子を見る考えを示したと報じられています。商標の出願は、この「見守りつつ、権利だけは押さえておく」姿勢と矛盾しません。
一方、2022年当時に最も成功していたナイキは、その後大きく方針を変えました。2021年12月13日に買収したデジタルスニーカーの制作会社RTFKTについて、2024年12月2日に事業の終了を発表し、2025年1月に運営を終えています。2026年2月3日には、NFTの販売サイト「.SWOOSH」を同年5月5日で閉じると告知しました(ナイキの.SWOOSHと「Our Force 1」)。高級時計など他の分野でも、2022年に相次いだ参入報道の多くは、その後の具体的な展開が見えにくくなっています(ロレックスのメタバース・NFTに関する報道)。
商標出願のニュースをどう読むか
「大手ブランドが○○の商標を出願」というニュースは、新しい事業の予告のように見えます。しかし、使用意図の出願は将来の選択肢を残しておくための手続きで、実際には使われないまま終わることも珍しくありません。記事を読むときは次の点を分けて確かめると、期待だけが先走るのを防げます。
- 出願人は誰か:本社なのか、グループ会社や代理人なのか。
- 指定されている商品・サービス:ソフトウェア、小売、金融、イベントなど、どの分野を押さえたのか。
- 審査の状況:USPTOの公開データベースで、登録・拒絶・放棄のいずれになったかを見られます。
- 公式の発表があるか:企業自身の発表やIR資料で事業化が語られているか。
出願の事実は同じでも、「権利の確保」と「事業の開始」を取り違えると、関連するトークンやNFTの値動きに振り回されかねません。
日本の読者が気をつけたいこと
有名ブランドの名前を使ったNFTは、公式とは無関係に作られたものが多く出回ってきました。MetaBirkinsのように作り手が「アート作品」と位置づける例もあれば、公式のように見せかけた偽物もあります。購入を考える場合は、ブランドの公式サイトや公式SNSが販売先を案内しているか、コントラクトのアドレスが公式の告知と一致しているかを必ず確かめてください。
また、ナイキの.SWOOSHのように、企業が運営するNFTサービスは終了することがあります。その場合、NFTを自分のウォレットに移しておく必要が生じたり、特典が使えなくなったりします。ブランドのNFTを持つときは、サービス終了時の扱いが利用規約にどう書かれているかも見ておくと安心です。
税金の面では、国税庁が2023年1月に公表したFAQで、購入したNFTを転売した利益は原則として譲渡所得、継続的・営利目的の売買なら事業所得や雑所得になると整理されています。詳しくはNFTの税金の解説を参照してください。
よくある質問
Q. エルメスはNFTを発売したのですか?
A. 2026年9月時点で、エルメスがNFTやメタバースの商品を正式に発売したという公式発表は確認できませんでした。2022年8月の出願は、将来使う可能性のある商標を先に押さえる「使用意図」出願です。
Q. MetaBirkins訴訟はどうなりましたか?
A. 2023年2月に陪審がエルメス側の主張を認めて13万3,000ドルの賠償を命じ、同年6月に差止命令が出ました。被告側は控訴し、2024年10月に控訴審の口頭弁論がありましたが、判断の有無は確認できませんでした。
Q. ブランドのNFTは2022年にどれくらい売れていましたか?
A. Dune Analyticsの集計を報じた2022年8月の記事によると、ナイキ、ドルチェ&ガッバーナ、ティファニー、グッチ、アディダスの5社で約2億6,000万ドルの販売収入があり、その7割以上がナイキでした。
Q. 商標出願のニュースで関連銘柄を買ってもよいですか?
A. 出願は事業開始の約束ではなく、使われずに終わることもあります。特定の銘柄の売買を勧めることはできません。判断の前に、企業自身の公式発表があるかを確かめてください。
この記事の出典
- Cointelegraph:Hermès reveals plans for metaverse fashion shows, crypto and NFTs
- The Fashion Law:Birkins in the Metaverse? A Look at Hermès' Web3-Focused Trademark Applications
- Meshiplaw:Hermès v. Rothschild litigation tracker
- The Fashion Law:Hermès and Rothschild MetaBirkins fight heads to the Second Circuit
- Cointelegraph:Iconic brands including Nike, Gucci have made $260M off NFT sales
- CoinDesk:Metaverse Fashion Week: 70 Brands Do Their Best to Showcase Style in Decentraland
- Decrypt:Nike is shutting down NFT sneaker brand RTFKT
- Sole Retriever:Nike is retiring its .SWOOSH website
※本記事は公開情報をもとにした一般的な情報提供であり、投資の勧誘や助言ではありません。暗号資産・NFTの価格は大きく変動します。最新の情報は各公式発表をご確認ください。




