暗号資産インサイダー取引規制、金融庁が導入方針

▽ 要約

方針 金商法改正で未公表情報を用いた取引を禁止。
日程 2025年末に設計固め、2026年通常国会へ提出。
執行 SESCが監視・調査、違反益相当の課徴金を科す。
影響 短期は負担増、長期は機関資金の参入を後押し。

暗号資産インサイダー取引規制の導入が具体化したため、日本市場は株式並みの公正ルールへ移行し、長期的な信頼性向上が見込まれる一方で実務負担の増加が懸念される。今回の方針は、暗号資産インサイダー取引規制の整備を通じて、投資家保護と市場健全化を両立させる狙いだ。

今回の方針で「何が決まる」のか

未公表の重要情報の利用を禁じ課徴金を導入するため、金商法を改正して暗号資産にも株式市場並みの不公正取引規制を適用する。
金融庁は未公表重要情報に基づく売買の明確な禁止条項を金商法に明記し、違反益に連動した課徴金を科す枠組みを整備する。証券取引等監視委員会(SESC)が監視・調査を担い、悪質事案は刑事告発まで視野に入る。制度設計は2025年末までに詰め、2026年の通常国会に改正案提出が目標とされる。

未公表の重要情報の範囲

価格に重要な影響を与える情報を特定するため、上場方針や重大脆弱性などを中核に、定義の明確化とガイダンス整備が鍵となる。
想定例は、取引所上場計画、重大なシステム障害・脆弱性、経営・資金調達に関する重要イベント等。暗号資産は発行主体が分散・匿名的であるため、誰が「内部者」かの特定は株式より難しく、ルール文言と実務運用の両面で精緻化が求められる。

執行体制と制裁

SESCのモニタリングと犯則調査の権限が強化されるため、データ監視・疑義把握・是正勧告から刑事告発までの一貫運用が可能となる。
日々の取引監視・ブロックチェーン分析・アドレス連関分析を組み合わせ、違反益に応じた課徴金を勧告する。上場審査段階の情報管理や内部者リストの整備、従業員取引規制の実装が、発行体・取引所に求められる。

方針の背景――市場拡大と公正性確保の要請

口座数・預かり資産が急増したため、公平な価格形成と一般投資家の信頼を守る必要が高まった。
国内では2025年1月時点で利用者口座数が1,214万口座に達し、月次現物取引高は直近で2兆円規模に拡大した。上場前後の不自然な出来高や価格上昇が散見されるなか、「情報優位による先回り」を抑止する制度的枠組みが求められてきた。国際標準(IOSCO勧告)も、市場監視・内部情報管理の強化を促している。

データで見る国内市場

口座と取引高の伸長が続いたため、投資商品としての性格が一段と強まり、金商法への接続が現実味を帯びた。
JVCEA統計と当局資料では、2019年以降口座数が一貫して増加し、利用者預託金は約5兆円規模。投資家層の裾野拡大は、開示・監視・執行の「三位一体」整備を要請する。

上場直前の異常値動き

上場情報の偏在で価格が歪むため、内部者取引の疑いを早期に補足するリアルタイム監視が不可欠となった。
国内外で上場直前の出来高急増や特定アドレスの集中的購入が問題視されており、透明な審査・情報管理・遮断手続の導入が急務だ。

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海外主要国の状況――同水準の市場規律へ

各国が同様の目的で制度化を進めるため、わが国も実効性・整合性・国際協調の三点で歩調を合わせる必要がある。
米国は既存の証券詐欺・線電詐欺等で摘発を進め、EUはMiCAで明文の市場濫用規制を施行、シンガポールはMASが不公正取引禁止案を公表、韓国は包括法で厳罰・監視を実装した。

米国(SEC/DOJ)

証券詐欺・10b-5・Wire Fraudで対処するため、上場情報漏洩の事案で有罪・没収が実現した。
コインベース元社員事件では、未公表の上場情報に基づく売買で有罪判決と収益没収が確定。暗号資産が証券と評価される場合は証券法、そうでない場合も詐欺罪での立件が行われている。

EU(MiCA)

MiCAは「インサイド情報の定義・開示義務・内紛流用禁止」を条文で定めるため、証券市場MAR同等の規律が暗号資産にも及ぶ。
MiCA第87〜91条は、内情報の概念、公開要件、インサイダー取引・不公正開示・相場操縦の禁止を明確化し、ESMAガイドラインで執行を補強する。

シンガポール(MAS)

不公正取引の禁止と市場監視の義務化を進めるため、DPT事業者に内部情報管理・従業員取引監督・不審取引の即時把握を求める。
MASは市場インテグリティ向上を狙い、SFA規律の一部をDPT市場へ適用する方向で具体案を提示した。

韓国(暗号資産利用者保護法)

内部情報の不正利用・相場操縦を厳罰化したため、重大違反には無期または長期の懲役等を科しうる枠組みが導入された。
2024年7月施行の同法は、監視・報告義務、課徴金・没収と刑罰を整備し、当局(FSC/FSS)が執行する。

想定される影響――投資家・発行体・取引所・市場

短期はコスト増・再編圧力が生じる一方で、長期は透明性向上により機関資金の参入が進む。
投資家は未公表情報ベースの売買リスクが高まるため、公開情報中心の投資プロセスと記録管理が必要。発行体は内部者リスト、情報遮断、ロックアップ等の上場管理が不可欠。取引所は上場審査・ブロックチェーン分析・異常検知の高度化が差別化要因となる。市場全体ではボラティリティの一部低下とベース流動性の質的改善が見込まれる。

投資家

違反リスクの可視化が進むため、情報源の正当性確認と意思決定ログの整備が要る。
非公開情報の示唆・ティップを受けた取引は回避し、IR・ホワイトペーパー・当局公表・監査済み開示を基礎に判断する。

発行体

上場前の情報管理が価値毀損を防ぐため、内部規程・権限設計・利害相反管理を整備する。
創業者・VCの売却制限、マーケ・告知プロセス統制、脆弱性公表手順(CVD)の確立が要諦となる。

取引所

疑義パターンを早期捕捉するため、オンチェーン・オフチェーンの融合監視を強化する。
異常出来高・関連アドレス連関・板情報の不整合をリアルタイム検知し、上場審査のデューデリを再設計する。

市場

規制コストで短期の寡占化が進む一方で、長期の信頼回復により年金・機関の参加が容易になる。
ETF・セキュリティ型トークンの発展を見据え、透明な市場作法が資金呼び込みの前提となる。

▽ FAQ

Q. いつから規制が始まる見通しですか?
A. 2025年末に詳細設計、2026年通常国会提出を計画。成立後に政省令整備を経て段階施行が想定される(金融庁方針、2025年10月)。

Q. どんな情報が対象ですか?
A. 上場方針、重大脆弱性、重要提携など価格に影響し得る未公表情報。具体化は政省令・ガイドで整理。

Q. だれが監視しますか?
A. 証券取引等監視委員会(SESC)が監視・犯則調査を担い、課徴金勧告や刑事告発につなげる枠組みです。

Q. 海外の厳しさは?
A. EUはMiCAで明文禁止、韓国は2024年施行法で無期等の重罰。米は既存法で摘発、シンガポールは案を提示。

Q. 投資家の実務留意点は?
A. ティップ回避、公開情報ベースの売買、記録保全、社内規程の順守。口頭情報の裏取りとクリーンルーム運用が重要。

■ ニュース解説

導入方針は国内市場の拡大を受け投資家保護を強化するためであり、国際動向と整合して市場インテグリティを高める一方で発行体・取引所の実務負担は増える。
投資家の視点:公開情報中心の投資判断・記録の徹底・不審な誘いの遮断、発行体は情報管理とロックアップ規律、取引所は上場審査と監視高度化の前倒し着手が望まれます。

※本稿は一般的な情報提供を目的としており、投資助言ではありません。

(参考:金融庁