Ethereum FusakaでL2手数料はどう変わる

▽ 要約

技術:PeerDASでブロブ容量を段階拡張し、L2データスループット最大8倍を狙う。
手数料:ロールアップのデータコストは約40〜60%低下が見込まれ、L2ユーザー手数料圧縮に直結する。
UX:R1曲線と事前コンファメーションで、Face ID署名とほぼ即時の取引確認が可能になる。
運用:ガスリミット60Mと履歴削減でL1処理能力を高めつつ、自宅ノード維持との両立が問われる。

アップグレードは2025-12-03にメインネットで有効化され、PeerDASによるブロブ拡張とガスリミット60M、R1曲線対応などを通じて、Layer2手数料とウォレットUXを同時に改善しつつ将来の10万TPS級スケーリングに備える節目となります。

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投資家にとって、Ethereumの「Fusaka」ハードフォークがどこまで手数料を下げ、どこまで分散性を保てるのかは最大の関心事でしょう。Fusakaは2025-12-03 21:49(UTC、JSTでは2025-12-04 06:49)にメインネットで稼働を開始し、PeerDAS、ガスリミット引き上げ、R1曲線対応など多数の変更を一括導入しました。この記事ではEthereum Fusakaがもたらす技術的・制度的な変化を整理し、L2投資やノード運用にどのような含意があるのかを中立的に解説します。

Fusakaアップグレードで何が起きたか

Fusakaはデータ可用性・ガス設計・UX改善を束ねた総合ハードフォークであり、Ethereumのスケーリングロードマップにおける「転換点」と位置付けられます。

2025-12-03のスロット#13,164,544でFusakaは予定どおり発動し、約15分後にはファイナリティに到達しました。現時点(2025-12-04)までにブロック提案の停止やクライアントの大規模障害は報告されておらず、ネットワークは概ね安定稼働しています。
今回のハードフォークでは、(1) PeerDASによるブロブ拡張、(2) ブロックガスターゲットの60M化と1トランザクションあたり約1,678万ガスの上限設定、(3) secp256r1(R1曲線)プリコンパイルと事前コンファメーションを可能にする提案者先読み、(4) 履歴有効期限の拡張など、L2・L1・UXすべてにまたがる変更が同時に適用されました。
また本番ローンチ前には、Holesky・Sepolia・Hoodiの3テストネットでフル機能を繰り返し検証し、4週間・最大$2,000,000規模のFusaka専用監査コンテストも実施されています。これにより重大なバグの多くは事前に洗い出されており、「大規模スケーリングを伴うが慎重なアップグレード」という位置づけが明確になりました。

PeerDASとブロブ拡張がもたらすL2スケーリング

PeerDASは、ロールアップが投稿するブロブデータを「全ノードで完全保存する」従来方式から、「ネットワーク全体でランダム分散・サンプリングする」方式へ転換することで、データ可用性と分散性の両立を図る仕組みです。

ブロブはDencun(2024年)で導入されたL2専用の一時的データ領域ですが、従来は1ブロックあたり最大9ブロブという保守的な上限に縛られていました。PeerDAS導入後は各ノードがブロブ全体ではなく、その一部セルのみをランダムに保持・検証すればよくなり、理論上はブロブ容量を8倍(最大72ブロブ程度)まで引き上げても家庭用レベルのノードで追従可能とされています。
もっとも、いきなり72ブロブまで上限を上げるのではなく、Fusaka後に「Blob Parameter Only(BPO)」と呼ばれるミニハードフォークを2回実施し、2025-12-09に最大15ブロブ、2026-01-07に最大21ブロブへと段階的に拡大する計画です。これらBPOはブロブ関連パラメータだけを変更する軽量フォークで、PeerDASの挙動やネットワーク負荷を観測しつつ安全にスループットを引き上げるための仕組みです。

L2側への直接的なインパクトはデータコストです。ブロブ空間が広がることでロールアップが投稿できるデータ量が増え、Arbitrum・Optimism・Baseなど主要L2ではデータ部分のコストが概ね40〜60%程度低下すると試算されています。
この効果にロールアップ内部の最適化が重なれば、L2全体として10万TPS規模の処理能力に向けた現実的なステップになるとの見方もあり、Visaクラスの決済レイヤーに近づく一里塚と捉えられています。
一方でブロブ容量を攻め過ぎれば、帯域が限られたノードの脱落や、L2間での利用格差拡大を招く懸念もあるため、BPOごとにネットワーク統計(ブロブ利用率、ブロブ手数料、ノードの帯域使用量など)を精査しながら慎重にパラメータ調整を続ける必要があります。

R1曲線対応と事前コンファメーションのUX改善

Fusakaはスループットだけでなく、ウォレットUXとトランザクション体験も大きく書き換えます。ここでは、R1曲線プリコンパイルと決定論的提案者先読み(EIP-7917)に焦点を当てます。

EIP-7951は、スマートフォンやハードウェアセキュリティモジュールで広く採用されているsecp256r1(P-256、R1曲線)の署名検証をEVMネイティブのプリコンパイルとして追加しました。
これにより、iPhoneのFace IDやAndroidの生体認証などWebAuthn/FIDO2準拠のパスキーで生成されたR1署名を、L1上のスマートコントラクトがガス効率良く検証できるようになります。結果として、「種フレーズを紙に控える」従来型ウォレットから、「端末内のセキュアチップ+生体認証」で鍵管理を抽象化するUXへの移行が現実味を帯びます。
企業や金融機関にとっても、FIDO準拠のハードウェアキーをそのままEthereumアカウントに接続できるようになるため、既存のセキュリティ運用ポリシーを崩さずにオンチェーン業務を拡張しやすくなる点は重要です。

一方、EIP-7917(決定論的提案者先読み)は、ビーコンチェーンの状態に「次エポック以降のブロック提案者スケジュール」をあらかじめ固定・格納する変更です。
これにより、将来どのバリデータがどのスロットでブロック提案を担当するかを、オンチェーンのビコンルートから簡単に復元できるようになり、「このトランザクションを必ず次の自分のブロックに含める」といった事前コンファメーションが、L1レベルでも構築しやすくなります。
平均12秒のブロックタイム自体が短縮されるわけではありませんが、ユーザーから見た「確実に取り消されない」感覚的な確認速度は大幅に改善し、オンチェーンゲームや高頻度取引のDEXなど、レイテンシに敏感なアプリケーションのUX向上が期待されています。

L1スケーリングとガスリミット引き上げの狙い

Fusakaは「L2前提のスケーリング」を加速する一方で、L1そのものの処理能力も底上げしています。中心となるのがブロックガスリミットと安全装置の組み合わせです。

今回、クライアントのデフォルト設定としてブロックあたりのガスターゲットは従来のおよそ3,600万前後から60,000,000ガスへと大きく引き上げられました。
これにより、L1ブロックに詰め込めるトランザクション数が増加し、DeFiプロトコルの複雑な一括処理や、大規模な清算・オークションなど高ガス取引の同時実行余地が広がります。短期的には、混雑ピーク時のベースフィー上昇を抑え、L1ガス価格のスパイクを平準化する効果も期待されます。

しかし単純なガスリミット引き上げはDoSリスクやステート肥大化を招きます。そこでFusakaではEIP-7825により、1トランザクションが消費可能なガス量を2²⁴≒16.78Mガスに制限し、「1件の巨大トランザクションがブロック全体を占有する」事態を防ぐ設計が採用されました。
同時に、RLPエンコードされた実行ブロックサイズに10MiB上限を設けるEIPと、MODEXPなど重いプリコンパイルの再価格付けも組み合わされ、ブロック伝搬や検証にかかる最悪ケースを抑制しています。

ステート成長という観点では、開発者から「ガスリミットを上げ続けると、数年でフルノードのストレージが1TBを超え、自宅ノードの参加を困難にする」との懸念が繰り返し表明されてきました。
これに対し、FusakaではEIP-7642によりプレマージ以前の古い履歴データをクライアント側で削除しやすくする歴史有効期限メカニズムが導入されており、今後のVerkle木やさらなる履歴削減と組み合わせて、「L1拡張と分散性維持の両立」を図る方針です。

開発者・コミュニティの評価と残る論点

Fusakaに対しては、開発者・事業者・コミュニティから期待と慎重な視線が交錯しています。

EthStakerのライブ配信などでローンチを見守ったEthereum Foundationの研究者Alex Stokes氏は、PeerDASを「分散性や安全性といったEthereumの根本価値を損なわずにスケーリングを可能にする技術」と説明し、長年の研究成果がようやく本番ネットワークに乗ったことを強調しました。
Enterprise Ethereum AllianceのPaul Brody氏は、Fusakaを「1日1兆トランザクション級の将来に向けた戦略的な布石」と評し、現時点でも十分な処理能力がある一方で、長期的な採用拡大には今回を含む一連のアップグレードが不可欠だと述べています。
コミュニティからも、「EthereumはついにウォレットUXを10倍改善する」「Face IDでサインできれば一般ユーザーのオンボーディングが進む」といった期待の声や、「ロールアップのデータ費用が劇的に下がればL2利用が増え、ネットワーク全体の採用が加速する」といった見方が広がっています。

一方で、ブロックガス拡張やBPOによる継続的なブロブ増加について、ノード運用者の負荷やステート肥大化への懸念は根強く残ります。Vitalik Buterin氏はethresear.chで、「ガスリミットを上げるほどフルノードのディスク負担と状態アクセスコストが増し、自宅環境からの参加が難しくなる」と指摘しつつも、Besuなどでのフラットデータベース実装により、現在のフルステートを約80GB程度に抑えうることも紹介しています。
Micah Zoltu氏をはじめとする開発者からは、「Ethereumを今後も家庭用PCでフルノード運用できるネットワークとして保つのか」という問題提起が繰り返されており、Fusaka以降もガスリミット拡張とステート削減策のバランスは重要な政治的テーマであり続けるでしょう。

今後のロードマップと投資家が見るべき指標

Fusakaはゴールではなく、「The Surge」フェーズを加速させる中間ステップです。今後数年の開発ロードマップと、投資家が注目すべき定量指標を整理します。

直近では、前述のBPOアップグレード2回により、ブロブ容量の段階的引き上げとBlob fee市場の最適化が予定されています。BPOはハードフォーク形式ではあるものの、変更対象がブロブ関連パラメータに限定されているため、運用現場にとっては比較的低リスクな「定期チューニング」に近い位置づけです。
中期的には、2026年に予定される次期大型アップグレード「Glamsterdam」で、トランザクションの並列実行やePBS(プロトコル内MEV分離)など、さらなるスループット向上とMEV制御が議論されています。PeerDASと決定論的提案者先読みは、こうした並列実行・プレコンファメーションを前提としたアーキテクチャの土台と捉えられます。

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投資家が定点観測すべき指標としては、
(1) 主要L2(Arbitrum・Optimism・Base等)のブロブ利用率と平均手数料、
(2) Ethereumメインネットの平均ガス価格とブロックガス使用率、
(3) アクティブなフルノード台数・クライアント多様性、
(4) BPO実施後のブロック伝搬遅延やミススロット率、などが挙げられます。
これらを通じて、「スケーリングの果実(TPS・手数料低下)」と「分散性・検閲耐性の維持」がどの程度両立できているかを継続的に評価することが重要です。

▽ FAQ

Q. FusakaアップグレードでLayer2手数料はどの程度下がるか?
A. PeerDAS導入とブロブ拡張により、2025-12-03以降はArbitrum等主要L2のデータコストが約40〜60%低下すると見込まれています。

Q. Fusaka適用後のEthereumメインネットのガスリミットは?
A. ブロックガス上限は従来の約3,600万から6,000万ガスへ引き上げられ、同時に1トランザクションあたり約1,678万ガスの上限が設定されています。

Q. Blob Parameter Onlyアップグレードのスケジュールは?
A. 第1弾が2025-12-09に最大15ブロブ、第2弾が2026-01-07に最大21ブロブへ引き上げ予定で、PeerDAS活用を段階的に拡大します。

Q. R1曲線(secp256r1)対応でウォレットUXはどう変わる?
A. EIP-7951によりsecp256r1署名がプリコンパイル化され、2025年以降はFace ID等のパスキーで安全にEthereumトランザクション署名が可能になります。

Q. 事前コンファメーションはどの程度の速度向上をもたらす?
A. ブロックタイム自体は約12秒ですが、EIP-7917により提案者を先読みできるため、対応ウォレットやアプリでは「数秒以内のソフトな確定」を提示しやすくなります。

■ ニュース解説

Fusakaは、PeerDASとBPOでL2データスループットを段階的に拡張する一方、ガスリミット60MやEIP-7825による1トランザクション上限、EIP-7642の履歴削減などを組み合わせることで、分散性やノード運用可能性を維持したままL1性能を底上げするアップグレードです。一方で、ブロブ増加やガスリミット拡張に伴うステート肥大化リスクや、将来的なBPO連発がノードのハードウェア要件を押し上げる可能性には、開発者・コミュニティ双方から慎重なモニタリングが求められます。
投資家の視点:短期的にはL2手数料低下とユーザー体験改善がロールアップ利用拡大を促し、中長期的にはBPOやGlamsterdamを通じて「10万TPS級のモジュラー結算レイヤー」としてのEthereum像が試される局面に入ります。個別銘柄の売買可否ではなく、L2間の競争構造、ノード分散性指標、手数料水準の推移を継続的に追うことで、Ethereumエコシステム全体の価値蓄積メカニズムがどの程度強化されているかを評価することが重要です。

※本稿は一般的な情報提供を目的としており、特定銘柄・金融商品の売買を推奨するものではなく、投資助言ではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。

(参考:Ethereum Foundation Blog,Ethereum.org,Ethereum Research,Etherworld