【要約】
・イーサリアム財団(以下、EF)が研究開発チームを「Protocol」に改名し、L1拡張・blob拡張・ユーザー体験向上の三大戦略目標を発表
・EFとしては初の公開的な人員削減が行われ、約十数名の開発者が退任
・一部のコア開発者から「去中心化の理念が失われつつある」との批判が噴出
・a16z関係者らからは「基金会モデルは現状に合わない」として、新たな組織形態を提案する声も
・今回の組織再編はEF内部で長年指摘されてきた課題への対応策と位置付けられている
序文
イーサリアム財団(Ethereum Foundation)――通称EFは、イーサリアムの中核を担う組織として長年機能してきました。ところが近年、技術的方向性の不透明さや組織運営の中心化への懸念が高まり、今まさに抜本的な変革を迎えています。今回は、EFが発表した研究開発チームの大規模再編と、基金会モデルの将来性をめぐる議論を中心に詳しく解説します。
研究開発チームの再構築と「Protocol」への改名
EFは2025年6月2日、従来「Protocol R&D」と呼ばれていた研究開発部門を「Protocol」へと改名し、新たに三大戦略目標を掲げると発表しました。具体的には以下の3点です。
- L1拡張(スケーリング)
Tim BeikoやAnsgar Dietrichsらが中心となり、イーサリアムのメインネット(L1)をどのように拡張し、処理速度とセキュリティを高水準で維持するかを探求する方針です。 - blob拡張(データ可用性の拡張)
Alex StokesやFrancesco D’Amatoを中心に、データ可用性(blobs)の拡大をテーマとして取り組みます。新たな手法によりブロックチェーン上でのデータ処理を効率化し、次世代のzkEVMやL2との連携強化を図ります。 - ユーザーエクスペリエンス(UX)の改善
Barnabé MonnotやJosh Rudolfが担当し、利便性と直感的な操作感を重視したイーサリアムエコシステムをめざすとのことです。分散型アプリケーションやウォレットのUI・UX向上に注力するとされています。
EFは、この三大戦略を実現するために新たな責任者を明確化し、各チームに必要なリソースを重点配分する姿勢を打ち出しました。
初の公開的な人員削減とチーム離脱の余波
今回の再編では、EF史上初となる明示的な人員削減も実施されています。公式には具体的な人数は明かされませんでしたが、約十数名の研究開発メンバーが離任する見通しです。EFは、外部のプロジェクトや他のエコシステムがこれらの人材を積極的に受け入れるよう期待を表明すると同時に、新たなポジションの募集を開始するとしています。
しかし、この動きに対しては一部のコア開発者が強い疑義を呈しました。イーサリアムのコアメンバーであるPeter Szilagyi氏は、「去中心化を標榜するイーサリアムの根幹が揺らぎ、組織が人材を軽視している」といった趣旨の批判をSNS上で展開。同氏は過去にもEFの方針転換やガバナンスの在り方に疑問を呈しており、こうした声はコミュニティ内で一定の共感を呼んでいます。
基金会モデルへの批判と提案される新たな形
今回の再編が引き金となり、「そもそも基金会(Foundation)モデルは現状のWeb3・ブロックチェーンのスケールアップ期に適しているのか」という議論が再燃しました。a16z cryptoのMiles Jennings氏は、非営利型の基金会は初期の規制回避や分散化の促進に効果があった一方、現在のスピード感と利害調整には不向きだと指摘します。
Jennings氏は、株式や収益に基づくインセンティブ設計を採用する企業形態のほうが、人材獲得や資金効率、迅速な製品展開を実現しやすいと主張。さらに市場や投資家からのフィードバックを活用し、財務指標を明確にすることで、代替わりの激しい暗号通貨業界でも柔軟に対応できるとしています。
加えて、EFのユーザー体験(UX)強化という目標が、人員削減や内部構造の見直しと同時に進められること自体が「矛盾しているのではないか」との指摘もあります。Multicoin CapitalのKyle Samani氏は、「焦点を絞るなら、まずはチームの士気と人材確保が最優先であり、複数の目標を一気に進めるのは矛盾が生じる」と疑問を呈しました。
長期的な葛藤と組織改革の背景
イーサリアム財団が今回の大きな転換を図った背景には、長年続いてきた組織的・構造的な課題があると考えられます。
- 研究主体の文化
これまでEFは長期的研究に重きを置くあまり、短期的なユーザーニーズやプロダクト移行への関心が薄いと批判されてきました。 - 中心化への懸念
「去中心化」を理念とする一方で、重要な意思決定がごく一部のメンバーに集約される現状が矛盾として指摘されています。 - 主要開発者の離脱
Eric ConnerやDanny Ryanといった実力派の退任に加え、Peter Szilagyi氏も活動を休止したことで、EF内部のリソース不足やリーダーシップの空洞化が懸念されてきました。
こうした不満や問題意識が高まった結果として、EFは今年に入ってから重層的な改革を進めています。1月にはVitalik Buterin氏がリーダーシップモデルの見直しを公言し、2月には元エグゼクティブディレクターAya Miyaguchi氏が会長職に就任するなど、トップレベルの大規模な人事異動が相次ぎました。今回の研究開発チーム「Protocol」への改編は、それらの動きの集大成とも言えます。
ニュースの解説
今回のイーサリアム財団の組織再編と初の公開人員削減は、エコシステム内部で長くくすぶっていた問題が表面化した事例と言えます。スケーラビリティやユーザー体験の改善はイーサリアムの発展に欠かせない要素でありながら、内部リソースの分配や方針の一本化が進まなかったことから、生産性を巡る議論が絶えませんでした。
今後は「Protocol」という再編チームがL1拡張・blob拡張・UX強化を主導しつつ、どこまで明確な成果を示せるかが焦点となります。去中心化を掲げるプロトコルが、どのように組織力を高め、外部の批判や内部の綻びを克服していくのか。イーサリアム財団の新体制から目が離せません。今後の動向次第では、基金会というモデルそのものが大きく変容し、暗号通貨業界全体の標準的な組織形態にまで波及する可能性もあるでしょう。