イングランド銀行が暗号資産の規制強化を求めた2022年7月|英国のその後

2022年7月5日、英国の中央銀行であるイングランド銀行は「金融安定報告(Financial Stability Report)」を公表し、暗号資産市場の急落で多くの弱点が表に出たと指摘しました。そのうえで、暗号資産の活動と既存の金融システムとのつながりが深まれば、放置するとシステム全体のリスクになりうるとして、規制と法執行の枠組みを強める必要があると述べています。

旧版の記事はこのニュースを紹介しましたが、報告書にない推測や、意味の通らない機械翻訳の文章が混じっていました。この記事では、報告書の原文をもとに何が書かれていたのかを確かめ、背景となった2022年春の市場の混乱、その後に英国で整えられた制度、そして日本の読者にとっての意味を順に整理します。

2022年7月の金融安定報告に何が書かれていたか

報告書によると、暗号資産の時価総額は2021年終盤のピークである約3兆ドルから、公表時点で9,000億ドルまで減っていました。イングランド銀行は、この急落によって、伝統的な金融市場の過去の混乱と似た弱点が暗号資産市場でも表面化したと分析しています。

具体的に挙げられたのは、すぐに引き出せる資金と実際に持っている資産の性質が合わない「流動性のミスマッチ」が取り付け騒ぎや投げ売りを招いたこと、借り入れで膨らませた取引の巻き戻しが価格の下落を増幅させたことです。また、裏付け資産がない、あるいはリスクの高い資産で裏付けられ、透明性の低い一部の「ステーブルコイン」については、価格を維持できるかどうかへの信頼が大きく揺らいだとしています。

そのうえで報告書は、今回の出来事は金融システム全体を脅かすものではなかったと結論づけました。一方で、対策をとらないまま暗号資産の活動と既存金融とのつながりが深まれば、システミック・リスクが生じるとし、この市場の動きに対応するために「規制と法執行の枠組みの強化」が必要だと明記しています。

旧版記事の訂正

旧版の記事は、報告の内容をおおむね伝えていたものの、いくつか誤りや不明瞭な点がありました。まず、報告をまとめたのは「金融行政委員会(FPC)」と書かれていましたが、FPCはFinancial Policy Committeeの略で、日本語では「金融安定政策委員会」などと訳されるイングランド銀行内の委員会です。行政機関ではありません。

次に、旧版には「億万長者の潜在的な脅威が巨額の資産移動につながり」「1兆ドル規模の暗号市場を執拗に攻撃し続けるのは当然」といった文章がありました。これらは報告書のどこにも書かれておらず、意味も通りません。報告書の論点は、暗号資産市場の弱点と、既存金融とのつながりが強まったときのリスクです。

また、旧版は時価総額を「1兆ドルを下回った」と表現していました。方向としては正しいものの、報告書が示した数字は9,000億ドルで、ピークは「約3兆ドル」です。当時の相場の急変を正確に伝えるため、この記事では報告書の数字を使っています。

背景:2022年春に何が起きていたか

報告書が「ステーブルコインを名乗る一部の暗号資産」に言及した背景には、2022年5月のTerraUSD(UST)の崩壊があります。USTは米ドルとの連動をうたっていましたが、現金などの裏付け資産ではなく、姉妹トークンLUNAとの交換の仕組みで価格を保つ設計でした。連動が崩れると売りが売りを呼び、USTとLUNAの価値はほぼ失われました。

続く6月には、暗号資産の貸し付けサービス大手のCelsiusが、利用者の引き出しを停止しました。預かった資産を運用に回していたため、多くの利用者が一斉に引き出そうとした際に応じきれなかったとされています。報告書が挙げた「流動性のミスマッチ」と「取り付け」は、まさにこうした事態を指しています。

同じ時期、世界的な利上げで株式などリスク資産全体の価格も下がっていました。イングランド銀行は、暗号資産の下落そのものよりも、銀行や投資ファンドが暗号資産に深く関わるようになった場合に、損失が既存の金融システムへ波及する経路ができることを警戒していたといえます。

ステーブルコインへの考え方

報告書は、支払いに使われる一部のステーブルコインについて、追加の規制がなければ中央銀行や銀行の預金と同じ保護が得られない可能性があると指摘しています。そのうえでFPCは、お金のように使われ、重要な決済の流れに組み込まれるステーブルコインには、銀行預金と同等の基準を求める考えを示していました。

その基準とは、価値の安定、法的な請求権がしっかりしていること、法定通貨で額面どおりに償還できることの3点です。報告書は、英国の財務省が決済用ステーブルコインの規制案を公表し、社会的に重要なものをイングランド銀行の監督下に置く方針であることにも触れ、詳細は同行が今後意見を募ると説明していました。

この考え方は、その後の英国の制度づくりの土台になりました。法定通貨担保型やアルゴリズム型といった分類の違いは、ステーブルコインの基礎解説で確認できます。

その後の英国:広告規制から2027年の新制度へ

英国ではその後、段階的に規制が整えられました。まず2023年10月8日から、金融行為規制機構(FCA)の金融広告規制が暗号資産にも適用されました。海外の事業者も含め、英国の消費者に暗号資産を宣伝する場合は、公正で誤解を招かない表示などのルールを守る必要があります。

次に、暗号資産の取引所や保管などの業務を本格的に規制する法令が2026年2月に整い、FCAは2026年6月30日に規則の大半を最終決定しました。FCAの発表によると、新制度は2027年10月25日に始まる予定で、事業者の認可申請は2026年9月30日から2027年2月28日まで受け付けられます。市場の不正行為の禁止や、事業者の資本などの要件も含まれます。

ステーブルコインについては、イングランド銀行が2025年11月に案を示し、2026年6月22日に方針と規則案を公表しました。当初案にあった個人ごとの保有上限(1銘柄2万ポンド)は、1銘柄あたり400億ポンドの発行上限に置き換えられています。2022年の報告で示された方向性が、約4年かけて制度になりつつあるといえます。

日本ではどうなったか

日本でも、同じ2022年に制度の見直しが進みました。2022年6月には資金決済法が改正され、法定通貨と連動し額面での償還が約束されたステーブルコインを「電子決済手段」として扱う枠組みができ、2023年6月に施行されています。裏付けのないアルゴリズム型の仕組みは、この枠組みのステーブルコインには当たりません。

さらに、暗号資産の規制の中心を資金決済法から金融商品取引法へ移す改正法が、2026年に国会で成立したと報じられています。インサイダー取引の規制を設けるなど、株式に近いルールで暗号資産の市場を監督する方向です。英国が2027年に新制度を始めるのと、ほぼ同じ時期に日本の仕組みも大きく変わることになります。

日本の暗号資産と金商法の関係は、金商法の適用条文を早見表で確認できる記事で整理しています。英国で2026年から始まった暗号資産取引の情報報告の仕組みについては、英国の情報提供義務の記事も参考になります。

読者が押さえておきたいポイント

中央銀行の報告書は、個別の銘柄の値動きを予想するものではありません。見ているのは、暗号資産の損失が銀行や決済の仕組みに波及するかどうかです。2022年の報告を「暗号資産を締め付ける動き」とだけ読むのではなく、どのような弱点が問題視されたのかを押さえると、その後の規制の意味が理解しやすくなります。

利用者の立場で役立つのは、報告書が挙げた弱点を自分の使うサービスに当てはめてみることです。預けた資産を事業者がどう運用しているか、すぐに引き出せる仕組みか、ステーブルコインの裏付け資産は何で、どれだけ開示されているか。この3点は、2022年の混乱で損失が広がった原因と直接つながっています。

また、規制が整っても価格の変動がなくなるわけではありません。FCA自身も、規制によってリスクを消し去ることはできないと述べています。日本の利用者は、金融庁に登録された国内の事業者を使うこと、海外の無登録業者の勧誘に応じないことを基本にしてください。

よくある質問

Q. イングランド銀行は2022年7月に暗号資産を禁止しようとしたのですか?

A. いいえ。金融安定報告は、当時の急落は金融システム全体を脅かすものではなかったとしたうえで、既存金融とのつながりが深まる前に規制と法執行の枠組みを強める必要があると述べたものです。

Q. FPCとは何ですか?

A. Financial Policy Committeeの略で、イングランド銀行の中で金融システム全体の安定を担う委員会です。日本語では金融安定政策委員会などと訳されます。

Q. 英国の新しい暗号資産規制はいつ始まりますか?

A. FCAの発表では、新制度は2027年10月25日に始まる予定です。事業者の認可申請は2026年9月30日から2027年2月28日まで受け付けられます。

Q. 日本の利用者に影響はありますか?

A. 英国の制度は英国で事業を行う業者が対象で、日本の利用者に直接の義務が生じるわけではありません。ただし日本でも金商法への移行が進んでおり、国内の登録業者を使うことが基本になります。

この記事の出典

※本記事は公開情報をもとにした一般的な情報提供であり、投資の勧誘や助言ではありません。暗号資産・NFTの価格は大きく変動します。最新の情報は各公式発表をご確認ください。