
【要約】
・トランプ前政権が打ち出した「極端な関税政策」が再び市場を大混乱に陥れている
・S&P500やナスダックなど米国株式市場に加え、日経平均などアジア市場も大幅下落
・暗号資産(仮想通貨)市場も急落し、ビットコイン(BTC)は77,000ドル付近、イーサリアム(ETH)は1,500ドルまで下落
・政策の推進役として注目されるのが「非主流派経済学者」と呼ばれるピーター・ナヴァロ
・ホワイトハウスは一部で報じられた「関税90日間停止説」を完全否定しており、さらなる混乱が続く見通し
世界市場を襲うパニック~株式から暗号資産まで
トランプ大統領(2025 年就任期)の「対等関税(Reciprocal Tariff)」を含む極端な関税政策が公表され、世界の株式市場から暗号資産市場まで一斉に急落しています。4 月 7 日(米東部時間)の夜には、S&P 500 指数先物が約 6% 下落、ナスダック 100 指数先物も同程度の下げ幅を記録しました。アジアでは日経平均が 9% 近く下落、台湾加権指数は 10% 近く急落して主要銘柄の取引が一時停止するなど、波紋が広がっています。
暗号資産(仮想通貨)市場もこの混乱から逃れられず、BTC は 77,000 ドル付近まで急落し、ETH は 1,500 ドルという水準まで値を下げました。清算額の合計は約 8.92 億ドルに達し、そのうちビットコインのロング・ショートポジションにおける清算だけでも 3 億ドルを超えています。
このようにビットコインやイーサリアムをはじめとした暗号資産市場は、国際金融市場のリスクオフムードから大打撃を受けており、「アメリカの保護主義強化」が世界経済を再び混乱の渦に巻き込みつつあると言えるでしょう。
「非主流派」経済学者ピーター・ナヴァロとは
今回の「極端な関税政策」の背後にいる主要人物として注目されているのが、ピーター・ナヴァロ(Peter Navarro)です。
ナヴァロは 1959 年、マサチューセッツ州ケンブリッジに生まれ、ハーバード大学で経済学博士号を取得。大学教授として学界で活動する一方、サンディエゴ市長選や国会議員選など政治の世界に繰り返し挑戦しましたが、いずれも敗北。学術的には「対中国強硬派」「非主流派経済学者」として知られ、米国国内では保護主義的な見解を唱える人物として評価が分かれています。
学界の「異端児」と呼ばれる理由
ナヴァロが学界の主流派から「異端児」と呼ばれる原因の一つが、彼の著書にある中国脅威論です。
2006 年の『The Coming China Wars(邦題:迫り来る中国との戦い)』や、2011 年の『Death by China(邦題:米中もし戦わば、あるいは『致命的な中国』とも)』といった著作で、彼は中国の台頭を「世界の不安定化要因」と強い調子で批判。中国政府による知的財産権の侵害や、為替操作、輸出補助金などを「米国製造業の破壊行為だ」と断じてきました。
しかし、これらの見解は「誇張が多い」「グローバル・サプライチェーンの複雑さを無視している」という批判を受け、メインストリームの経済学者からは距離を置かれる結果となりました。
トランプ政権との出会い
意外なことに、ナヴァロが脚光を浴びたきっかけは『Death by China』という著作が、当時のトランプ大統領候補の女婿ジャレッド・クシュナーの目に留まったことだと伝えられています。クシュナーはトランプにこの本を紹介し、トランプは「自分の考えを理論的に裏打ちする内容だ」と大きく共感。
2017 年にトランプが大統領に就任すると、ナヴァロは国家通商会議(National Trade Council)のトップに就任。保護主義色の強い対中強硬策や、世界各国との貿易赤字に対する強硬な態度を示す形で政権の中核に食い込みました。一時期は議会軽視の言動などで法的トラブルに巻き込まれましたが、トランプ自身の信頼は厚く、2025 年にトランプが再登板を果たすと同時に再びホワイトハウスに呼び戻され、高級貿易・製造業顧問としてその影響力を行使しています。
ホワイトハウスの対応と相次ぐ「フェイクニュース」疑惑
関税政策による市場の混乱が広がるなか、一部では「特定の国に対して 90 日間だけ関税を停止する案が検討されている」という噂が駆け巡りました。株式市場ではこの噂をきっかけに一時的な買い戻しが入り、ダウ平均が短時間ながら上昇に転じる動きも見られました。
しかし、ホワイトハウスは複数のメディアの取材に対し、「90 日間停止説はフェイクニュースに過ぎない」と強く否定。米国家経済会議(NEC)ディレクターの発言が歪曲されて伝わった可能性が高いとされています。実際に主要メディアの CNN や CNBC は「そのような決定は確認していない」と報じており、市場は再度失望感から下落に転じる形となりました。
相次ぐトランプ発言~「FRB は利下げをするべきだ」
トランプ大統領は金融政策についても積極的に言及しており、SNS を通じて「インフレは低いし、FRB(連邦準備制度)は利下げをするべきだ」と発信。彼は「関税から得られる数十億ドルの収益は米国の利益になる」とも主張していますが、実際には貿易相手国からの関税報復や、輸入コストの上昇が米国内の企業や消費者を苦しめる可能性が高いと指摘されます。
ナヴァロもテレビインタビューで「保有株を売らなければ損失は確定しない」と述べ、投資家のパニックを抑え込もうとしています。しかし、この発言は市場から「精神的勝利に過ぎない」と冷ややかな評価を受け、さらなる不安をあおる結果となっています。
上兵伐謀――関税戦争の行方
『孫子』の言葉にある「上兵伐謀(最上の戦い方は、戦わずして相手を屈服させること)」に照らせば、直接の関税戦争は最善策とは言えません。
トランプとナヴァロが主導する「極端な関税政策」は、相手国を屈服させるどころか世界経済全体を混乱に陥れ、米国市場や暗号資産市場にも打撃を与えています。現時点で、この「関税戦争」による最終的なコストや効果は見通せず、投資家や企業は先行き不透明感にさらされ続けることになるでしょう。
ニュースの解説
今回のトランプ政権による極端な関税政策は、二度目の就任期に入ったトランプ大統領が再び「アメリカ優先」を鮮明に打ち出す象徴的な出来事です。ピーター・ナヴァロのような「非主流派経済学者」の存在は、従来の自由貿易システムを根本から揺るがし、各国が保護主義へ傾くリスクを高める一因でもあります。
特に暗号資産市場は、世界的なリスクオフの流れに巻き込まれやすく、投資マインドの冷え込みとともに価格が大きく振れる性質を持っています。今回の急落は、実需やテクノロジー要因ではなく、地政学リスクや政策リスクが直接的な引き金になった典型例といえるでしょう。今後もホワイトハウスの方針変更や、フェイクニュースの拡散、そしてFRBの金融政策への言及などが市場を翻弄する可能性は十分にあります。従来のセオリーでは説明しきれない不確実性が高まるなか、仮想通貨業界や伝統的な株式市場は、引き続き厳しい警戒を強いられそうです。