▽ 要約
「1億円の壁」是正へ超富裕層へのミニマムタックス拡大を解説。
暗号資産分離課税や新NISAなど個人投資家向けの変更点を整理。
防衛特別法人税や設備投資減税など企業への影響と今後の論点を確認。
2026年度税制改正は「1億円の壁」を是正するミニマムタックス拡大と、暗号資産分離課税や少額輸入品の免税廃止などを組み合わせた、富裕層増税と成長投資支援のパッケージです。

超富裕層へのミニマムタックス拡大や暗号資産の分離課税、1万円以下輸入品への課税など、今後数年にわたって税制の大きな変更が相次ぐ見通しです。投資家にとって「どこが変わり、何がリスクで何がチャンスなのか」は一見すると分かりにくいテーマといえます。
本稿では2026年度税制改正の全体像と「1億円の壁」是正策を軸に、富裕層・個人投資家・企業の三つの視点から主要ポイントを整理します。制度条文の細部よりもキャッシュフローと投資行動に直結する変更点を抽出し、今後のポートフォリオ戦略や資本政策を考える前提情報を提供することが目的です。
2026年度税制改正パッケージの全体像
超富裕層へのミニマムタックス拡大と、防衛財源・ガソリン税廃止・消費税周辺見直しなどを組み合わせたのが今回の改正パッケージです。
ミニマムタックス拡大と「1億円の壁」是正
金融所得への一律約20%課税で実効税率が下がる「1億円の壁」に対し、超高所得者に最低22.5%の税率をかけ直すのがミニマムタックスの狙いです。
2025年分所得から導入されたミニマムタックスは、年間所得30億円超または金融所得10億円超のごく一部の富裕層を対象に、総所得から3.3億円を控除した金額に対して最低22.5%の実効税率を確保する仕組みとしてスタートしました。その結果、株式譲渡益や配当で巨額所得を得る層でも、給与所得者並みの税負担を求める方向が明確になっています。
もっとも現行制度では対象者が極めて限定的なため、2026年度改正案では対象を年間所得6億円超にまで広げ、2027年分の所得から適用する方向で与党税調が調整しています。総所得ベースで3.3億円を控除した残額に22.5%の最低税率をかけ、通常の所得税額との差額を追加で納めるイメージとなり、富裕層の実効税率を20%台前半まで底上げすることが想定されています。
政府・与党は対象者が約2,000人、増収効果は数千億円規模と見込んでおり、「超富裕層に応分の負担を求めることで、ガソリン税暫定税率廃止などの減税財源を賄う」という説明を行っています。ガソリン税ではリッター25.1円上乗せしていた暫定税率分を廃止する方向で与野党合意が進んでおり、その穴埋めとして超富裕層課税が位置付けられています。
消費税・資産課税まわりの主な見直し
消費税率10%は据え置きつつ、少額輸入貨物の免税見直しや贈与特例の終了など、周辺制度が大きく動きます。
まず、1万円以下の少額輸入貨物に対する消費税免税は2028年度から原則廃止され、海外通販であっても同額の商品に10%の消費税が課される方向です。政府・与党案では、販売事業者に消費税の納税義務を課し、年間販売額50億円超の大規模プラットフォームについてはプラットフォーマー側に納税義務を負わせる設計が示されています。これにより、国内小売事業者との税負担格差を縮小しつつ、一定の税収確保が図られます。
次に、祖父母などが孫に教育資金を一括贈与する際に最大1,500万円まで贈与税を非課税とする「教育資金一括贈与非課税」特例は、2026年3月末で延長されず終了する方針が示されています。利用件数の減少に加え、富裕層にしか活用しにくく「格差固定化につながる」との批判が強かったためで、今後は年間110万円までの暦年贈与や、生涯2,500万円まで非課税となる相続時精算課税制度が資産移転の主な手段となります。
ふるさと納税については、年収1億円超の高所得者を対象に、住民税特例控除額の年間上限を193万円とする見直しが2026年度税制改正大綱に盛り込まれる見通しです。これは寄付額にするとおおむね約438万円程度で控除が頭打ちになる水準であり、一部の富裕層による高額寄付と豪華返礼品の組み合わせを抑制し、制度本来の趣旨である「地域への寄付」を再確認する狙いがあります。
富裕層・個人投資家にとっての主要ポイント
超富裕層の税負担増に加え、暗号資産やNISA、少額輸入品など投資と消費の税制が細かく変わります。
ミニマムタックスとふるさと納税の影響
ミニマムタックスとふるさと納税上限は、主に年収数億円規模の層に集中して影響します。
ミニマムタックスの対象は約2,000人と見込まれており、多くの個人投資家や中小企業オーナーには直接の影響はありません。一方で対象となる超富裕層にとっては、株式や自社株売却による大型キャピタルゲインに対しても最低税率が確保されるため、株式売却や事業承継のタイミングを含めた資本政策の再検討が必要になります。海外では富裕税導入により富裕層流出を招いた例もあり、日本でも税率引上げの継続是非が今後の論点となる可能性があります。
ふるさと納税の控除上限193万円は、年収1億円相当の単身者で控除が頭打ちになる水準とされています。これにより、高額寄付者のインセンティブは一定程度弱まる一方、都市部の高所得者の住民税が過度に地方に移転していた構図は緩和されます。寄付自体は引き続き可能であるため、「返礼品目当ての節税」から「地域に対する寄付行動」へと価値観を切り替えられるかが、富裕層に問われるポイントです。
暗号資産課税の分離課税化とNISA
一方で、暗号資産課税の緩和や新NISAの恒久化は、個人マネーのリスク資産シフトを後押しする内容です。
暗号資産の売却益については、現行では雑所得として総合課税の対象となり、他の所得と合算した課税所得に応じて最大55%の累進税率がかかります。これを2026年度税制改正で、株式などと同様の20.315%(所得税15.315%+住民税5%)の申告分離課税とし、損失を3年間繰り越して将来の利益と相殺できるようにする案が示されています。これが実現すれば、日本居住のまま暗号資産投資を行うインセンティブが高まり、WEB3関連ビジネスの国内回帰にもつながると期待されています。
2024年にスタートした新NISAはすでに恒久化・非課税保有限度額1,800万円・年間投資枠360万円への拡充が実現しており、非課税保有期間も無期限化されています。2026年度改正では、口座開設時の本人確認事務の簡素化や、将来的な金融所得課税一体化(株式・投資信託・FX・暗号資産などの損益通算範囲拡大)の検討が課題に挙がっており、家計金融資産の「貯蓄から投資へ」の流れをさらに加速させることが意図されています。
また、1万円以下輸入品への課税は越境ECユーザーにとって実質的な値上げ要因となりますが、国内ECや小売業にとっては競争条件がフラットになる側面もあります。頻繁に海外通販を利用してきた個人投資家は、コスト面だけでなく物流リスクや為替リスクも含め、購買行動の見直しを検討する局面と言えます。
企業・スタートアップ・WEB3ビジネスへの影響
法人税では防衛特別法人税と設備投資減税の拡充がセットとなり、スタートアップ・WEB3向け税制も継続・強化されます。
設備投資減税と防衛特別法人税
大規模投資への即時償却と、防衛目的の4%付加税という相反する要素が組み合わさっています。
2026年度改正案では、中小企業の5億円超、大企業等の35億円超の設備投資について、投資額を全額即時償却するか、原則7%前後の税額控除を受けるかを選択できる特例が、2028年度末までの時限措置として用意される見込みです。老朽設備の更新や、省エネ・DX投資を織り込んだ大型プロジェクトを後押しし、国内生産基盤の強化を促す狙いがあります。
一方で、防衛費の恒久的な財源を確保するため、防衛特別法人税として法人税額の4%を付加税として上乗せする仕組みが、2026年4月1日以後に開始する事業年度から導入されます。課税標準となる法人税額から500万円を控除した後の金額に4%を乗じる設計で、中小法人の多くは追加負担が生じにくく、大企業ほど負担が重くなる構造です。実効税率ベースではおおむね1ポイント前後の上昇と見込まれますが、ガソリン税暫定税率廃止などによる需要下支えもあり、経済界は「防衛力強化のためやむを得ない」との受け止めが中心です。
スタートアップ・WEB3向け税制の拡充
ストックオプション税制やスタートアップ投資促進税制の拡充は、国内の成長資金循環を意識した設計です。
適格ストックオプションについては、創業5年未満の未上場企業で年間行使限度額が2,400万円へ引き上げられ、さらに継続的に業務提供するフリーランスや業務委託先にも一定条件下で付与が認められるようになりました。行使時には課税されず、売却時のキャピタルゲインのみが約20%の申告分離課税となるため、優秀な人材にとってはリスクとリターンのバランスが取りやすい株式報酬手段になります。
2023年度に導入されたスタートアップ投資促進税制では、個人投資家が上場株式の譲渡益を非上場ベンチャーへの再投資に充てた場合、最大2億円までの譲渡益が非課税となる特例が設けられています。2026年度もこの枠組みを継続・拡充する方向で議論が進んでおり、富裕層の金融資産を貯蓄や海外不動産ではなく、国内スタートアップ・WEB3プロジェクトに循環させることが政策の意図です。暗号資産課税の緩和と組み合わせれば、トークンやエクイティを用いたハイブリッドな資本政策を取りやすくなる可能性があります。
背景と今後の注目スケジュール
今回の改正は、格差是正・財源確保・国際競争力強化という三つのテーマを同時に達成しようとする試みです。
所得再分配と財政中立のバランス
「応能負担」の強化とガソリン税廃止などの減税をどう両立させるかが、2026年度改正の根底にあります。
ミニマムタックスやふるさと納税の上限設定は、富裕層の実効税率をおおむね20~30%台に引き上げつつ、大多数の中間層には直接の増税を行わないことで、税制への信頼を回復させる狙いがあります。海外に目を向けると、米国では高所得者の投資所得に対して3.8%のNet Investment Income Tax(NIIT)が上乗せされており、フランスでも金融所得に対し約17.2%の社会負担税が課されるなど、資本所得への追加課税は国際的な潮流です。日本のミニマムタックス拡大も、こうした流れに沿いつつ、自国の「1億円の壁」問題に対応するものと位置付けられます。
同時に、ガソリン税暫定税率の撤廃や所得税の各種控除見直しなど、家計や企業への減税メニューも含まれているため、全体としては財政中立に近づける必要があります。防衛特別法人税や超富裕層増税で恒久財源を確保しながら、物価高対策や所得再分配のための減税・給付をどこまで許容するかは、今後も政権運営の大きなテーマとなります。
国際動向と今後の論点
OECDのBEPS2.0や各国の富裕税・暗号資産税制とも連動し、日本型モデルが模索されている段階です。
多国籍企業に対しては、OECD/G20が合意したグローバル・ミニマム税(Pillar Two)に基づき、連結売上7億5,000万ユーロ超のグループに対し各国で最低15%の実効税率を確保するルールが2023年以降順次導入されています。個人富裕層向けのミニマムタックス導入は日本独自の試みですが、資本移動の自由が高い時代だけに、法人・個人双方の税制を国際的な整合性の中で設計する必要があります。
今回のパッケージの多くは、2025年末に取りまとめられる2026年度税制改正大綱に基づくもので、2026年通常国会での法案審議・成立を経て順次施行されるスケジュール感です。具体的には、防衛特別法人税が2026年4月1日以後に開始する事業年度から、ミニマムタックス拡大が2027年分所得から、1万円以下輸入品への消費税課税が2028年度から適用される見通しです。暗号資産の分離課税移行も2027年分以降の所得からを想定して議論が進んでおり、投資家にとっては施行時期の確認が実務上の重要ポイントになります。
投資家の立場から見ると、①超富裕層・オーナー経営者にとっては株式売却・事業承継のタイミング、②暗号資産や新NISAを利用する個人投資家にとっては税率と損益通算ルールが変わる年度、③越境ECやグローバル展開企業にとっては消費税・グローバル・ミニマム税対応のデッドライン、の三つの時間軸を意識しておくことが重要になります。税制は一度変わると長期に影響が残るため、「準備できるタイミングで先回りする」という発想が求められます。
▽ FAQ
Q. 2026年度税制改正で拡大されるミニマムタックスの対象は?
A. 年間所得6億円超または金融所得10億円超の超富裕層約2,000人が対象で、総所得から3.3億円控除後に22.5%の最低税率が課されます。
Q. 暗号資産の税制は2026年度改正でどう変わる予定か?
A. ビットコインなど暗号資産の売却益は最大55%の総合課税から20.315%の申告分離課税に移行し、損失も3年間繰越控除できる方向で検討されています。
Q. 1万円以下の少額輸入品に対する消費税の扱いは?
A. 2028年度から1万円以下の輸入貨物にも原則10%の消費税を課し、年間販売額50億円超の越境ECではプラットフォーム事業者に納税義務を負わせる案です。
Q. 年収1億円超のふるさと納税控除はどう変わるか?
A. 政府・与党案では2027年分の寄付から住民税特例控除に193万円の上限を設け、年収1億円超の高額寄付者の控除額に制限をかける方向とされています。
■ ニュース解説
超富裕層へのミニマムタックス拡大や暗号資産の分離課税導入は、税負担の逆進性を是正しつつ、リスクマネーの国内回帰を図るためのパッケージとして設計されています。
一方で、富裕層の資産移転や企業収益への影響、将来世代への財政負担といった長期的な副作用も念頭に置く必要があります。
今回の税制改正は、「富裕層優遇」の是正を掲げながらも、超富裕層や防衛特別法人税の対象となる大企業に負担を集中させることで、広範な中間層には直接の増税を及ぼさない構図になっています。そのうえで、新NISAや暗号資産税制の見直し、スタートアップ投資促進税制などを通じて、家計・富裕層マネーを国内の成長分野へ誘導するという、再分配と成長の両立を狙うデザインです。こうした「富裕層への選択的増税+成長投資優遇」という組み合わせは、OECD各国でも広がりつつあるアプローチと整合的です。
投資家の視点:短期的には、超富裕層や大企業にとって税負担増となる一方、新NISA・暗号資産分離課税・スタートアップ投資優遇など、リスク資産への投資環境はむしろ整備される方向にあります。個々の投資家は、自身がどの税制の「どのレイヤー」に属するか(超富裕層・オーナー経営者・一般個人投資家・スタートアップ関係者など)を冷静に確認したうえで、キャッシュフローに与える影響と制度施行のタイミングを整理し、中長期の資産配分や事業ポートフォリオにどのように織り込むかを検討していくことが重要です。特定の銘柄や資産クラスに飛びつくのではなく、「税後リターン」とリスクのバランスを俯瞰することが、政策変更局面での基本スタンスとなるでしょう。
※本稿は一般的な情報提供を目的としており、特定銘柄・金融商品の売買を推奨するものではなく、投資助言ではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。





